満天星国で起こったこと

 いまだに政治的混乱が収拾できていない現在、当時の状況は断片的にしか知ることができていない。従ってそれが始まった時期についても現状では憶測の域を越えることはできず、今後の捜査と裁判の進展を待つより他にない。ただ、はっきりしていることが、三つ。

 一つは合併の後、旧ビギナーズ王国出身の国民が台頭することを危惧した旧都築藩国出身の国民が先手を打って、政治、軍、司法、警察、教育、経済……国内のありとあらゆるポストを独占したこと。もう一つは、その背景の元、旧ビギナーズ王国出身の国民に対する弾圧が行われたこと。そして最後の一つは、その弾圧が加速度的に激しさを増した、ということであった。

 現時点で、弾圧に関与したことが明らかになっている団体、その名を「つらね党」と言う。
 弾圧がエスカレートしていった過程についてもいまだ明らかにはなってはおらず、分かっているのはその結果のみである。したがって、凄惨を極めた、と表現するのみに留めておく。対して、旧ビギナーズ王国出身の国民、初心の民は「初心解放戦線」を組織し、これに抵抗した。

 この時、国内の内乱にかなり大規模な形でセプテントリオンが関与していたことが明らかになっている。弾圧の事実が明らかになる前、満天星国の主要産業の一つにWDの製造販売があったが、これは旧都築藩国の主要産業でもあった。一方、旧ビギナーズ王国の主要産業の一つであったエアバイクは不振に陥っている。これはもちろん弾圧の結果なのだが、逆に好調であるWDはその取引先の大部分がセプテントリオンであったことが判明している。また「初心解放戦線」が使用していた武装はセプテントリオンによって供給されたものであり、対する「つらね党」に対してもセプテントリオン製の核兵器が供給されていたことが判明している。さかのぼって、都築つらね藩王が“白にして混沌”ことオンサ嬢を手打ちにしたという事実無根の噂を流された結果“狂王にして法官”と呼ばれ、国民の支持を大きく失う結果になっていたことについても彼らの関与が疑われる。いずれにせよ既に起こってしまった事柄であり、ここでこれ以上の追及をする意義は薄い。

この状況下において、クーリンガンが「初心解放戦線」に接触し、これを扇動する形で土場藩国への攻撃手段としてこれを利用している。政府は直ちに政策を発布し国民への呼びかけを試みるものの、既にマスメディアの分野に対しても独占を行っていた「つらね党」によってこれを妨害され、既に政策発布による事態解決は事実上不可能に陥っていた。

 ようやく弾圧の存在を認識するとともに、それを主導したとみられる「つらね党」を藩国部隊で鎮圧することが困難であると判断した政府はPPGに助力を要請し、これにより武力鎮圧を行った。結果、「つらね党」の構成員の拘束、及び政治権限の奪還に成功している。しかし、この時既に、民族浄化と呼ぶしか無いレベルの大量の虐殺現場が確認されており、その被害者は700万人に達するとみられている。その多くが女性と子供であった。結果として、旧都築藩国系国民と旧ビギナーズ王国系国民の人口比は4:1にまで変動している。

 こうして、政治権限を奪還した政府であったが、そのまま事態の解決に至ることはできなかった。一連の事件に対する犯罪捜査は、警察及び法官も旧都築藩国出身の国民で占められていたため正常には機能しなかったのである。加えて、ここまでの経緯により政府の支持率は著しく低下していた。ここに至り、宰相と相談の結果、解決方法は武力鎮圧以外に無く、自力での藩国再建は極めて困難であるという結論に至り、一時的に宰相へ国権の移譲を行い、軍政がしかれることになったのである。

 ……結果として、満天星国の藩国運営は転換を迫られることとなる。当初予定されていた国内の教育制度充実を目指す制度の発布は、国内の主要な教育施設である寺子屋と総合大学が旧都築系の国民によって独占されていることが原因で意味を為さないことが明らかになった。何より、弾圧によって追いやられた旧ビギナーズ王国系国民の復権を行うこと。彼らへのこれ以上の弾圧を決して許さないこと。そして何よりも、彼らの復讐もまた、これを認めないことが必要だった。憎しみが憎しみを生む連鎖を断ち切らねばならなかったのだ。

 加えて、国内の産業構造も大きな転換を迫られていた。前述のとおり、現状国内の主要産業となっているWDの製造、販売は大多数の取引先がセプテントリオンである事が判明しており、それについては民生用のWDの開発、販売へと生産転換を図るとしても規模縮小を免れることはおそらく困難であった。WD産業に代わる産業を開拓する必要があったのである。

 状況は極めて困難であった、だが希望が全く無いわけでもなかった。一つは、旧都築系国民の全てが旧ビギナーズ系国民に対して弾圧を行ったわけでは無かったことである。旧都築系国民にも穏当派は確かに存在していたのだ。二つ目は、転換可能な産業の方向が見出されたことであった。
初心の民が旧都築系国民と比較して優位に立つことが可能であり、旧都築系国民の急進派による妨害を可能な限り減らすことが出来、かつ、軍事利用ではなく平和的な利用を可能とし、さらに一国の経済を支えうる産業を創出可能な技術分野とは何か。ヒントはミアキスや初心級宇宙空母に代表される宇宙艦船の開発技術、そして旧都築藩国のもう一つの主要産業である鉄道事業、その一路線である銀河鉄道であった。


 こうして、満天星国の復活を賭け、一つの施設が建造されることになる。広大な宇宙へ一歩踏み出すための出発地点にして遥かな星々を結ぶルートの集合地点。漆黒の宙に浮かぶ大輪の花。すなわち、宇宙開発拠点の開発であった。そして旧ビギナーズ系国民のうちミアキスや、初心級宇宙空母の開発に関わっていた技術者達や、未踏の世界へのあこがれを抱く初心の民と、旧都築系国民の技術者達から穏当派とみられる人々が選出され、宇宙へ旅立つことになった。お互いの暴走を防ぐため、人数比はおおよそ1対1に調整されている。だが、いつかその配慮が不要になることを願いたい。


 初心の民の尊厳を、旧都築系国民の誇りを取り戻すために。いつか共に心の底から満天星国民を名乗れるようにするために。


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